2020年02月01日

懐かしい1年前の中受。友人や親せきからの贈り物や電話には要注意だったなぁと思い出す、1年たってもお稽古事の先生さえも、、、

2月1日といえば、受験解禁日。1年前の今頃の空気感が一気に思い出されて少々息苦しくなる。ブログの下書きを眺めていたら、そのころに書きくさした記事が1つ目に入った。あまりにも支離滅裂な文章なので、1年たった今の視点で書き直してみた。受験を取り巻く「外野」についてのお話だ。

小6の1年間、模試のあるたびに電話をくれた(私の)友人がいる。親身になってくれていてよい友人を持ったものだと思っていた。が、1、2月の佳境になると少々様相が変わってきた。機械的に情報を収集されているようなもやもやとした感覚が残るのだ。そういえば私が気にしていなかっただけで友人はことあるごとに「誰それはどうなった」などの情報を言葉の端々にくっつけていたのを思い出した。なので一応言っておいた。「いろんな人に電話して情報を集めては拡散しているんじゃないでしょうね?」。絶句していたので図星だったのかもしれない。そして半年ほど電話が来なくなった。つまり子が中1の夏休み入る頃まで連絡がなかった。なので、2月、3月の受験の結果の出揃う頃にまったく連絡はなかった。友人が我が家の受験結果を知る機会はなかった。

長年可愛がってもらった親戚たちモノを送ってきてはこちらがお礼の電話を入れるのを待ち構えていた。そのたびに「どうなっているの?」と聞いてくる。こちらも最初の頃は「気にしてくれているんだなぁ」とありがたく思っていた。が、受験が近づくにつれて様相が違ってきた。

気にしてくれているのがありがたかった。そして頭にある懸念を相談していたら親戚がいきなり切れたのだ。「具体的な名前を言いなさい!いくらの偏差値の学校を受ける気なの?!!!!」。唐突な上から目線の命令形だ。自分たちが話題にしたいためだけに聞き出したいのだ。こちらへの情などどこにもないのだと初めて気がついた。

親戚にも丁寧に返しておいた。「スパイでもしているの?そういうことは全部終わってから話題にするものよ。」すると親戚も半年ほどまったく連絡がなかった。情の通う大好きな親戚のはずだった。喜んで報告の連絡を真っ先に入れるはずの親戚だったんだよね。

友人も親戚も「しまった!」と思ったようで、どちらも相談したかのように半年ほど連絡をしてこなかったなぁ。


さて先日。つまり中受からちょうど1年が経つ中1の3学期になって、お稽古事の先生から思わぬ言葉が飛んできた。「おたくはどうして○○学校にしなかったの?△△でもよかったわよね?!」

そのように言われて気がついた。私は視野に入れていないものへの興味が一切ないことに気がついたのだった。

あとで考えると、「そういうあなたはどこのご出身ですか?」とか、「お孫さんのお話はよくなさるけれど、お子さん方はどうだったのですか?」と切り返せば有効だったのかもしれないと、ぼんやりと気がつく。が、気がつくだけましな程度で、実はそんなことは全く気になっていないし、聞きたいと思ったこともなかったのだった。

いや、もちろん人に対する興味は尽きない。人は、一人一人、通ってきた道は尊い。生き様や人生観、その人となりに触れるようなお話は大好きだ。だけれど、情報の抜き取りや収集、ラベリング(評価、差別)のための聞き出しには一切興味がないことに気がついたのだ。


が、かようなように、世間は私と一緒ではない。防衛あるのみ。

子にも警告しておいた。お稽古事の場での成績の話にはメイ一杯とぼけるように、と。











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posted by kaho at 00:00 | Comment(0) | Z会、小6(2018-19終了) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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