2020年02月01日

懐かしい1年前の中受の思い出話、半日かけて受けるすべての学校へネットで願書の提出をしたら、親の私がぶっ倒れた!

中受から1年だと思うといろんなことが懐かしくなってきた。以下、下書きに書いておいた覚書だ。年末から年明けの出願時のお話だけれど。


******1年前の下書きここから******

ネット出願というのをやった。やってみればなんのことはない。便利だし。今までさんざんネット上でやってきた何らかの申し込みと同じだった。

想像だけれど我が家が受ける学校の数は絶対に少ない。なのに、疲れた。

午前中に全部申し込みをして、受験票の印刷をした。そして午後からPTAの仕事(!)に出掛けた。たったそれだけの1日だった。なのに、PTAから戻ってうつらうつら。夕食後もううつらうつら。子に促されてようやく眠りについたのだが。翌朝になっても、疲労がどこかに沈殿したまま。

作業自体は大したことがなかったんだけどなぁ。

子にはいつも言ってあるのだ。見守ることしかできない親はとても疲れるとか、代わったほうが楽だとか言うけれど、そんなことは絶対にない。受ける子のほうがしんどいに決まっている。

けれどサポートする側が疲れる場面もある。お金の準備、申し込み、そしてクライマックスは受験現場に連れていくことだ。その後も続く。合否を把握する。その後の動き方の日程を把握する。動くたびに時間とお金が飛んでいくのもしんどい。本番の時間は待っているだけなのだから気軽なものなんだけれど、その前後は何一つ、絶対に落とせない作業を1つ1つコツコツと順番どおりに確実にこなしていかないといけない。

けれどやっぱり、本番に向けてテンションを上げていく子にかかるストレスはそれどころではなさそうだなぁ。

******1年前の下書きここまで******


受験票を握り締めて振り返りもせずに一人で受験会場に入っていく子の後ろ姿は、一人前の一人の戦士だった。頼もしいと思った。懐かしいよね。

子は、地元の中学に進学した友人たちとの交流も大切にしてる。行きたい学校しか受けなかったわけだから、公立への進学も有効な選択肢の一つだったのだ。なので選ばなかった人生を想像してみるという視点から、公立に行った場合の生活はどんなものになっただろうかと考えるらしい。それはそれで楽しいものとして想像できるようで、そのことそのものが今の生活にも光を添えている。

一方、昨日の記事にも書いたけれど、お稽古事の先生が子の学校に関して「なんで○○学校にしなかったの?△△でもよかったんじゃないの?」などということを言い放ったわけだ。けれど、そのような考え方に頭がついて行かなくて意味を取るのに時間がかかった。

すべてなんでも、終わったらおしまい。1つのことが終わったらもうそのことはおしまい。1つ終わったらすぐに新しいことのスタートだ。次はどうする?の連続だ。




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posted by kaho at 02:00 | Comment(0) | Z会、小6(2018-19終了) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

懐かしい1年前の中受。友人や親せきからの贈り物や電話には要注意だったなぁと思い出す、1年たってもお稽古事の先生さえも、、、

2月1日といえば、受験解禁日。1年前の今頃の空気感が一気に思い出されて少々息苦しくなる。ブログの下書きを眺めていたら、そのころに書きくさした記事が1つ目に入った。あまりにも支離滅裂な文章なので、1年たった今の視点で書き直してみた。受験を取り巻く「外野」についてのお話だ。

小6の1年間、模試のあるたびに電話をくれた(私の)友人がいる。親身になってくれていてよい友人を持ったものだと思っていた。が、1、2月の佳境になると少々様相が変わってきた。機械的に情報を収集されているようなもやもやとした感覚が残るのだ。そういえば私が気にしていなかっただけで友人はことあるごとに「誰それはどうなった」などの情報を言葉の端々にくっつけていたのを思い出した。なので一応言っておいた。「いろんな人に電話して情報を集めては拡散しているんじゃないでしょうね?」。絶句していたので図星だったのかもしれない。そして半年ほど電話が来なくなった。つまり子が中1の夏休み入る頃まで連絡がなかった。なので、2月、3月の受験の結果の出揃う頃にまったく連絡はなかった。友人が我が家の受験結果を知る機会はなかった。

長年可愛がってもらった親戚たちモノを送ってきてはこちらがお礼の電話を入れるのを待ち構えていた。そのたびに「どうなっているの?」と聞いてくる。こちらも最初の頃は「気にしてくれているんだなぁ」とありがたく思っていた。が、受験が近づくにつれて様相が違ってきた。

気にしてくれているのがありがたかった。そして頭にある懸念を相談していたら親戚がいきなり切れたのだ。「具体的な名前を言いなさい!いくらの偏差値の学校を受ける気なの?!!!!」。唐突な上から目線の命令形だ。自分たちが話題にしたいためだけに聞き出したいのだ。こちらへの情などどこにもないのだと初めて気がついた。

親戚にも丁寧に返しておいた。「スパイでもしているの?そういうことは全部終わってから話題にするものよ。」すると親戚も半年ほどまったく連絡がなかった。情の通う大好きな親戚のはずだった。喜んで報告の連絡を真っ先に入れるはずの親戚だったんだよね。

友人も親戚も「しまった!」と思ったようで、どちらも相談したかのように半年ほど連絡をしてこなかったなぁ。


さて先日。つまり中受からちょうど1年が経つ中1の3学期になって、お稽古事の先生から思わぬ言葉が飛んできた。「おたくはどうして○○学校にしなかったの?△△でもよかったわよね?!」

そのように言われて気がついた。私は視野に入れていないものへの興味が一切ないことに気がついたのだった。

あとで考えると、「そういうあなたはどこのご出身ですか?」とか、「お孫さんのお話はよくなさるけれど、お子さん方はどうだったのですか?」と切り返せば有効だったのかもしれないと、ぼんやりと気がつく。が、気がつくだけましな程度で、実はそんなことは全く気になっていないし、聞きたいと思ったこともなかったのだった。

いや、もちろん人に対する興味は尽きない。人は、一人一人、通ってきた道は尊い。生き様や人生観、その人となりに触れるようなお話は大好きだ。だけれど、情報の抜き取りや収集、ラベリング(評価、差別)のための聞き出しには一切興味がないことに気がついたのだ。


が、かようなように、世間は私と一緒ではない。防衛あるのみ。

子にも警告しておいた。お稽古事の場での成績の話にはメイ一杯とぼけるように、と。











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