2020年02月04日

1年前の懐かしい中受の思い出、受験が終わったら親の手元からすり抜けるように自分の世界に戻っていくんだと我に返った朝

子が手を離れたと思った瞬間は何度か覚えている。子が私の手を振り切って一人で公道を歩いた日とか。一人で電車に乗った日とか。中受の親子密着は極めて人工的だけれど。中受が終わって中1を過ごしてみると、忙しい時には相変わらず小さいころと変わらないくらい手がかかることを実感する。なのでいちいちこんなふうに感傷的になることもないのだけれど(笑)(笑)(笑)。


******1年前の下書きここから******

あと数日で本番という日になって、朝早く飛び起きた。「朝、あまりにもバタバタするのが嫌になった。」という。もう何カ月も寝不足のまま朝を迎え、ぎりぎりまで眠って、まだ半分しか目が開いていない状態で学校に行っていたのだ。そして、ゆっくりと自分で支度をする子の横で私は急に手持無沙汰になった。

受験が終わったら子は学校と友達の世界に戻っていくことはわかっていることだし、私としても甘やかしたいわけではなかった。なので必要最低限しか手伝ってはいなかった。それでも受験でぎりぎりの生活をしていると、親子の距離がこんなにも密着していたんだなぁ。

もうすぐ受験が終わるね。

******1年前の下書きここまで******

子が手を離れる瞬間は急に来る。そしていきなり手持無沙汰になる。けれどね、時間ができたらそれはそれで嬉しいもの。といっても子育て大好きなので、子育てに没頭できる幸せは究極なものだと思っているのも確か。どっちよ?と自分でも自分に問いたくなるんだけれど。



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2020年02月03日

1年前の懐かしい中受、鉛筆の持ち方に関する記事をたくさん見て思い出した小5までの悪夢、小6での転機

中受に関する下書き記事を1周年を記念して出し切ってしまうことにした。といってももう大してないのだが。鉛筆の持ち方に関しては書道を教えている知人に話してみたことがあるのだが、話題が「鉛筆の持ち方」であることがわかった瞬間に「そんなことは親の責任よ!」と一喝されておしまいだった。書道の先生方は皆が皆同じご意見なのかしら?


******1年前の下書きここから******

受験情報を探して検索をしていた。そしたら、全然別件が目に入り、しばし感慨にふけることになった。それが「鉛筆の持ち方」である。

小5の新小6だから、2月に入ってのことがだ、とにかく鉛筆の持ち方が気になって勉強どころではなかったのだ。鉛筆の持ち方が気になるということは、文字の形も気になる。

子の場合は漢字はそこそこきれいなのに仮名文字と数字、アルファベットが悪筆だった。そのうえ句読点を打たない、濁音の点々を打たない。文章の始まりを一文字空けない。つまり、ルールを全く守っていないのだ。キンダーガーテンのころに英語を書いていたころからまったく変わらない癖を小6まで引きずったのだ。

小6の前半の半年はおおげさでなく、文字との戦いだった。次に、ノートに書くべき数式と、筆算や見直しの際の計算などを書くべきメモ用紙との使い分けなどでも文字が気になる。何度言っても、練習しても、全然直らない。

これは、本人が直す必要性を痛感していないからである。つまり、この手のルールを軽視しているのだ。

転機は外からやってきた。いままで散々見逃されてきた学校の先生に提出する小日記の誤字を、初めて先生が訂正したのだ。

実を言うと小5までも担任の先生たちは頑張って訂正してくれていたのだが子の目にはまったく入っていなかった。そしてとうとう、小6の先生はまったく訂正もしなくなったのだ。それまでも目に入れていなかった子は、小6になっての変化にも気が付いていなかった。朱赤の訂正がまったくなくなって半年たったころ、初めて朱が入った。親である私はこの機を見逃してたまるかと、食らいついた。先生への連絡を書く小さなスペースに、切々とこれまでの苦労を訴えたのだ。

先生は即答なさった。「これからは積極的に朱を入れていくことにします。

先生のこの一言が、子の態度を変えたのだった。子にとって学校の担任の評価は大きかった。鶴の一声だった。

先生、ありがとうございます。と、学校に向かって手を合わせて感謝しました。


******1年前の下書きここまで******


鉛筆の持ち方や箸の持ち方は、ひそかに大問題ですよね。どうにもならないとき、いろんな人の手記(記事)からも思うに、有効なのは「外圧」です。外圧しか有効でない、というところに親は大いなる無力感を覚えるのですが(笑)(笑)(笑)(泣)(泣)(泣)m(__)m。






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2020年02月01日

懐かしい1年前の中受の思い出話、半日かけて受けるすべての学校へネットで願書の提出をしたら、親の私がぶっ倒れた!

中受から1年だと思うといろんなことが懐かしくなってきた。以下、下書きに書いておいた覚書だ。年末から年明けの出願時のお話だけれど。


******1年前の下書きここから******

ネット出願というのをやった。やってみればなんのことはない。便利だし。今までさんざんネット上でやってきた何らかの申し込みと同じだった。

想像だけれど我が家が受ける学校の数は絶対に少ない。なのに、疲れた。

午前中に全部申し込みをして、受験票の印刷をした。そして午後からPTAの仕事(!)に出掛けた。たったそれだけの1日だった。なのに、PTAから戻ってうつらうつら。夕食後もううつらうつら。子に促されてようやく眠りについたのだが。翌朝になっても、疲労がどこかに沈殿したまま。

作業自体は大したことがなかったんだけどなぁ。

子にはいつも言ってあるのだ。見守ることしかできない親はとても疲れるとか、代わったほうが楽だとか言うけれど、そんなことは絶対にない。受ける子のほうがしんどいに決まっている。

けれどサポートする側が疲れる場面もある。お金の準備、申し込み、そしてクライマックスは受験現場に連れていくことだ。その後も続く。合否を把握する。その後の動き方の日程を把握する。動くたびに時間とお金が飛んでいくのもしんどい。本番の時間は待っているだけなのだから気軽なものなんだけれど、その前後は何一つ、絶対に落とせない作業を1つ1つコツコツと順番どおりに確実にこなしていかないといけない。

けれどやっぱり、本番に向けてテンションを上げていく子にかかるストレスはそれどころではなさそうだなぁ。

******1年前の下書きここまで******


受験票を握り締めて振り返りもせずに一人で受験会場に入っていく子の後ろ姿は、一人前の一人の戦士だった。頼もしいと思った。懐かしいよね。

子は、地元の中学に進学した友人たちとの交流も大切にしてる。行きたい学校しか受けなかったわけだから、公立への進学も有効な選択肢の一つだったのだ。なので選ばなかった人生を想像してみるという視点から、公立に行った場合の生活はどんなものになっただろうかと考えるらしい。それはそれで楽しいものとして想像できるようで、そのことそのものが今の生活にも光を添えている。

一方、昨日の記事にも書いたけれど、お稽古事の先生が子の学校に関して「なんで○○学校にしなかったの?△△でもよかったんじゃないの?」などということを言い放ったわけだ。けれど、そのような考え方に頭がついて行かなくて意味を取るのに時間がかかった。

すべてなんでも、終わったらおしまい。1つのことが終わったらもうそのことはおしまい。1つ終わったらすぐに新しいことのスタートだ。次はどうする?の連続だ。




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懐かしい1年前の中受。友人や親せきからの贈り物や電話には要注意だったなぁと思い出す、1年たってもお稽古事の先生さえも、、、

2月1日といえば、受験解禁日。1年前の今頃の空気感が一気に思い出されて少々息苦しくなる。ブログの下書きを眺めていたら、そのころに書きくさした記事が1つ目に入った。あまりにも支離滅裂な文章なので、1年たった今の視点で書き直してみた。受験を取り巻く「外野」についてのお話だ。

小6の1年間、模試のあるたびに電話をくれた(私の)友人がいる。親身になってくれていてよい友人を持ったものだと思っていた。が、1、2月の佳境になると少々様相が変わってきた。機械的に情報を収集されているようなもやもやとした感覚が残るのだ。そういえば私が気にしていなかっただけで友人はことあるごとに「誰それはどうなった」などの情報を言葉の端々にくっつけていたのを思い出した。なので一応言っておいた。「いろんな人に電話して情報を集めては拡散しているんじゃないでしょうね?」。絶句していたので図星だったのかもしれない。そして半年ほど電話が来なくなった。つまり子が中1の夏休み入る頃まで連絡がなかった。なので、2月、3月の受験の結果の出揃う頃にまったく連絡はなかった。友人が我が家の受験結果を知る機会はなかった。

長年可愛がってもらった親戚たちモノを送ってきてはこちらがお礼の電話を入れるのを待ち構えていた。そのたびに「どうなっているの?」と聞いてくる。こちらも最初の頃は「気にしてくれているんだなぁ」とありがたく思っていた。が、受験が近づくにつれて様相が違ってきた。

気にしてくれているのがありがたかった。そして頭にある懸念を相談していたら親戚がいきなり切れたのだ。「具体的な名前を言いなさい!いくらの偏差値の学校を受ける気なの?!!!!」。唐突な上から目線の命令形だ。自分たちが話題にしたいためだけに聞き出したいのだ。こちらへの情などどこにもないのだと初めて気がついた。

親戚にも丁寧に返しておいた。「スパイでもしているの?そういうことは全部終わってから話題にするものよ。」すると親戚も半年ほどまったく連絡がなかった。情の通う大好きな親戚のはずだった。喜んで報告の連絡を真っ先に入れるはずの親戚だったんだよね。

友人も親戚も「しまった!」と思ったようで、どちらも相談したかのように半年ほど連絡をしてこなかったなぁ。


さて先日。つまり中受からちょうど1年が経つ中1の3学期になって、お稽古事の先生から思わぬ言葉が飛んできた。「おたくはどうして○○学校にしなかったの?△△でもよかったわよね?!」

そのように言われて気がついた。私は視野に入れていないものへの興味が一切ないことに気がついたのだった。

あとで考えると、「そういうあなたはどこのご出身ですか?」とか、「お孫さんのお話はよくなさるけれど、お子さん方はどうだったのですか?」と切り返せば有効だったのかもしれないと、ぼんやりと気がつく。が、気がつくだけましな程度で、実はそんなことは全く気になっていないし、聞きたいと思ったこともなかったのだった。

いや、もちろん人に対する興味は尽きない。人は、一人一人、通ってきた道は尊い。生き様や人生観、その人となりに触れるようなお話は大好きだ。だけれど、情報の抜き取りや収集、ラベリング(評価、差別)のための聞き出しには一切興味がないことに気がついたのだ。


が、かようなように、世間は私と一緒ではない。防衛あるのみ。

子にも警告しておいた。お稽古事の場での成績の話にはメイ一杯とぼけるように、と。











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