2016年03月16日

ターミネーター(字幕版)/SF好きの子に紹介したくて、、、手に汗握る、、、

ちょっと前にテレビで放映していたので録画。それを先日、子とやっと一緒に見た。「これ、恐いよ」と言ってあったのでなかなか積極的には見たがらなかったのだ。私の友達にジェットコースターに乗るのが趣味というのがいるのだが、その人推薦の映画なのだと言ったらようやく見る気になってくれた。

すっかりとどんな映画だったのか、忘れていた(汗)。きわどいシーン、ありましたm(__)m。ごめんなさい。でも、さすがは昔の映画だ。パッと見には子供だったらわからないかもしれません。大人になって(あと数年後ですね)もう一度見たら、わかるかも(汗)。シリーズで4まで、そしてジェ二シスがある。そう教えたら、是非とも見たいと言っていた。が、どうなんだろう。あんなに濃い濡れ場が続いたら、母は横で平然と一緒に画面を見続ける勇気がなくなってしまう、、、かもm(__)m(笑)(笑)(笑)

ちなみに、字幕で見た。英語だ。綺麗な英語なのでとてもわかりやすい。会話もシンプルで短い。設定も見ていればわかる。こんなに複雑な設定なのに。そう考えると実に素晴らしい映画なのだと改めて思った。字幕もフリガナがない。なのでたまには読めない漢字もあるらしい。が、先述のように英語がわかりやすいのだ。なので、困らなかった様子である。


1984年の作品。2029年という45年先の未来からターミネーターはやって来る。ターミネーターを英語で発音すると子にも意味が分かった。2029年といえば2016年の現在からみると、あとわずか13年後である。今年10歳になる子が23歳になるころ、ああいう未来が待っているのだろうか?と問いかけてみたら、ぶるっと身震いしただけ。答えなかった。

まだまだそこまでは行かないだろうなと楽観はしてみる。が、コンピューターの進化を考えるとあまりお気楽気分でもいられないかもしれない。この映画の数年前にやっとワープロで漢字入力ができるようになった。カセットテープを経てすぐに5インチフロッピーをひらひらとさせる時代が来た。この映画がリリースされた年に、アップル社のマッキントッシュが発表された。そこからはもう一気に爆発するように次々と新製品が出てきた。今ではもう手のひらサイズのモバイル、スマホの時代である。どこぞの国ではコンピューター(電信、電話含めて)の発展の歴史から教えるらしいけれど、その話を初めて聞いた時は正直うなった。なるほどなぁ。必要だ。

子の世代の頭の中にはもうロボットが動いているのだ。もちろん脳内でのみだが、おもちゃ売り場にはすでに小さなコンパニオンロボットが現に売られているのだから、一笑に付すことはできない。


数日後、お稽古事に向かう車の中で子が唐突に話し始めた。

「助けに来た人よりも悪役がカッコいいなんて、ひどいよね。」

なるほどなぁ(笑)。

「でも、助けに来た人、、、カイル・リース、頑張っててカッコよかったよね。」

うん。そう思う。もう自分の時代に戻ることが出来ないことを知っていて志願したんだよね。そんな覚悟が誰かの心を動かすこと、あるだろうね。


またまた数日後、お布団の中で目をつむった時にしゃべり始めた。

「ターミネーター、進撃の巨人よりもひどいね。」

あ、そうなの?

「そうだよ。進撃の巨人は何も考えていないもの。ただただ100m越したのが現れたから壁をたまたま壊したんだよ。進撃の巨人はそれだけのことだもの。」

そうだったのか。

あるところで、子が静かに本を読んでいると思ったことがあった。母である私は別の漫画に夢中だったのだが、子は子で大ヒット!で興味津々だった「進撃の巨人」を発見して夢中で読んでいた。9巻まで読んだらしい。ひきつった顔をして、「そろそろ帰ろう」と言いに来たことを思い出した。

進撃の巨人はもう二度と、漫画も映画もアニメも見たくないそうだ。

「あれはね、トラウマになるって結構誰もが言っているよ。」

子どもたちの間でも、そういうことで有名なんだね。

設定は興味深いけれど、あそこまで微に入り際に入り描くこともないだろうにと思わなくもない。子がお腹にいるときに映画館で見た映画を思い出す。「ミュンヘン」。スティーブン・スピルバーグの、日本ではPG-12指定を受けた映画だ。そういえば、「進撃の巨人」の映画も同じだ。「ミュンヘン」は銀座で見て、銀座をぶらぶらして帰ってきたので悲惨さが薄まっていたらしい。その時はどうとも思わなかったことを覚えている。むしろスピルバーグが「描きたかった」と言っているように、あれだけのことを自分の手でやり遂げてあれ以上のひどい光景を自ら作り出して見続けた主人公が、その後どんな人生を送るのかが気になって仕方がなかった。が、もしも子が見たいといったら、止めるだろうな。

先日子と一緒に見た、「ジャックと天空の巨人」もえぐかった。手に汗を握る面白さだったのだが、子はもう二度と見たくない、と言っていた。人間の力を上回る絶対的強者に対峙したとき、人間はどのような手段をもって戦うのだろうか。

今の世の中の人間の一番の敵は同じ人間である。子にとってはまずは地域の暴れん坊。担任や先生に変な人がいれば、その中で生き残る術を考えなければならない。もっと前に、親が変な人の場合がある。天童荒太の「永遠の仔」を持ち出すまでもなく、機能不全家族の中で育ち生き残る子どもたち(アダルトサバイバー)などは本当に大変だ。健全に育ったら育ったで、今度は社会的な敵との戦いが待っている。

母は今、ドロドロのママ友時代を終えたのもつかの間。PTAというボス山上りに血祭を上げるお母さんたちにあっけにとられて呆然としているところである。あれは大奥と同じだと痛感する今日この頃であるが、大奥と違って頂上に上り詰めたところで将軍とあいまみえて世継ぎの母となることはない。それでもなにがしかの権力の香りを嗅ぎつけるのだろう。目が真剣で迫力があり、とても恐い。参戦しなくても火の粉は降ってくるので、見学するだけでも命がけになる。もっと生産的なことをすればよいのに、などと正論を暴露しようものならば殺されかねない。現実に社会的に(地域として)抹殺されて転居や転校を余儀なくされる人たちも思った以上に多いと聞く。うちもあまりの凄惨さに転居が頭をかすめていたところ、担任に頭の中を読まれたらしい。「来年度の転校予定を再確認のため、、、」と電話が来てしまった。鋭い担任を持つのも考えものである。

まあ、ターミネーターのような殺人ロボットに眠る暇もなく狙われ続けるよりはましか、、、、な、、、どうかな。


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タグ:英語の映画

2016年03月15日

ボルト(ディズニーアニメ小説版78作目)/びっくりするほど面白かった!

冬に子が一度借りてきた本だ。多忙で読めなかった。すると、子がもう一度図書室から借りてきてくれたのだ。どうしても母に読んでほしいらしい。ということで、今回は子がお稽古に行っている間、車の中で読んだ。正直、仰天した。びっくりした。面白かった。

読み終わってから、映画版よりも小説版の方が面白いのではないか?と疑った。映画を観ていないのもある。予告編ばかりが記憶に残っていて、ただの勘違いが勘違いを生むお涙頂戴物語だとすっかりと想い込んでいたことに気がついた。まったくもって失礼な思い込みである。「塔の上のラプンツェル」や「アナと雪の女王」などの見たことのある印象的な映画が頭に浮かんだ。あの映画たちも予告編だけでは見たいと思わなかったことを思い出した。こうなると、これらの映画の小説版もがぜん読んでみたくなるというものだ。

文字だけの小説版というのは不思議な力がある。映画の画像はとても分かりやすいが、先に続く物語のヒントになるような背景などが一緒に写り込んでくる。とても便利なのだ。が、それがないほうがすっきりと自分の頭とシンクロしてくれることもあるのだな。という、読書の基本のようなものに改めて気がついたというか、、、。

最初の設定がまず、ぎょっとする。漫才はボケと突っ込みから出来ていて、ボケがどのように突っ込みに反応するかによって流れが変わってくる、というのは有名な話である。漫才にまで話を広げなくても、ママ友たちが家の前や幼稚園の門前で突っ立ったまま朝、何時間も井戸端会議している様子を見てもそれは明らかだ。話し手よりも聴き手の反応(目に見えるリアクション)が大事なのだ。

ボルトの能力もそのようにして育てられた。睨めば睨んだものが燃える。その体験をうまれた時から繰り返していれば、そうなるものだと信じてしまう。当たり前のことなんだけれど、改めて考えると恐いことである。子育てしている間に頭をよぎったこの手の危険な方向性、というのを改めて思った。散々迷惑をこうむってきた「叱らない育児」を執り行うママ友たちの顔が次々と浮かんでくる。お子さんの資質が良いモノであれば、のびのびと伸びていくのだろう。また、世間に通用しない資質を自ら矯正する能力があれば、本人にとっては挫折体験となるだろうけれど人間としては大丈夫だろう。が、もともと暴力的な資質を備えたお子さんだった場合には、悲劇である。彼の行く末は少年院か刑務所かもしれないね、と子と話をせざるを得ないようなお子さんが身近にいるので、本気で考え込んでしまうのだ。親が制しても直らないかもしれない。それを一切制さないのだから、悲惨なのだ。もちろん事なかれ主義の学校側も黙認である。悲劇とはこういうことを言うのかもしれない。

ボルトは生まれつき正義の味方である。そのうえ、猫のミトンズに出遭って現実を教えて貰えた。現実を受け入れる強い心も持っていた。そういう資質のすべてが幸運と幸せを呼び込む。

子も、幼いころに思い描いていた夢の叶わないことを、小学校就学時前後に思い知った。それからしばらくは、糸の切れた凧のように毎日を呆然と過ごしていた。そこからようやく立ち直って少しずつ日々の生活を立て直した。そして、現実的な夢にはどんなものがあるのか、自分の手に届きそうなものは何かをようやく模索し始めた今日この頃なのだ。子はどれだけ共感したことだろうか。なぜ、もう一度借りてきてでも母に読んで欲しかったのか。

エンターテイメントとしても十分に面白いのだが、それ以上に奥の深い物語だったのだ。それが子の心をわしづかみにしたのだなぁ。


ともかくも、あなどることなかれ、「ディズニーアニメ小説版」。、、、あなどっていたのは私だけかもしれない。反省であるm(__)m。


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作:アイリーン・トリンブル / 訳:倉田真木  2009/6 偕成社





「映画と教育:『ボルト』……夢破れても現実に向き合う勇気を描く 」 → https://www.manabinoba.com/index.cfm/8,11303,23,1,html

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posted by kaho at 13:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月11日

アニメ映画「秒速5センチメートル」/こんな抒情的な物語を食い入るように見た子

ネタバレ、注意。

BSプレミアムで新海誠監督のアニメ映画をやっている。3月18日には「ほしのこえ」、3月25日には「言の葉の庭」をやるのでそちらも楽しみだ(2016年)。

なぜか。

母の独断で録画しておいた「秒速5センチメートル」という題名に子が反応し、先日からずーっと、「見たい見たい」とつぶやいていたからだ。そして昨日、珍しくお稽古事の水泳が休みだったので久々に平日ゆっくり過ごした。で、「見ようか」ということになったのだ。

生まれてこのかた、ドタバタ喜劇が大好きな子だった。物語のある番組なんて好きじゃないようだった。定番「トムソーヤの冒険」も、「アライグマ ラスカル」も「アルプスの少女ハイジ」も「フランダースの犬」も、全滅。この子は一生「トムとジェリー」や「ひつじのショーン」、ウォルトディズニーの「ミッキーマウス」などを見ながらテレビの前でゲラゲラ笑って過ごすのだろうか?と少々気になっていた。最近ではそんな番組のラインアップに、落語界の老舗「笑点」までが並んで、いよいよ、本格的である。が、まあ、そんな人生も確かに悪くはない。

が、このアニメ映画「秒速5センチメートル」をじーっと食い入るように見る子の真剣なまなざしを見ていて思い出したのだ。1,2歳のころから子は「となりのトトロ」を繰り返し見た。5、6歳に最後に見てもう何年もなるけれど、10回、いや、20回近く見ただろうか。「となりのトトロ」が公開された当時、私は日頃の寝不足もたたって何度も途中で眠ってしまった。ある日、寝の足りたすっきりとした頭で見たところ、ようやくこれが素晴らしい映画なのだと気がついた(笑)。それから何十年も経てわが子がこの映画にハマるとは、思ってもみなかった。が、子に付き合って十数回も繰り返し見ていると、さすがの私にもこのアニメの深さが少しずつ透けて見えて来る。

今回、子と一緒に見た「秒速5センチメートル」も「となりのトトロ」に似た抒情を感じた。

まずは、映像の美しさだ。光に溢れている。

「東京ってあんな風に綺麗なイメージが確かにあるよね。でも、本当はあんなにきれいじゃないよね。うっすら汚れていて埃っぽいよねぇ」とか言いながらも、映像の美しさに親子で見惚れた。よいテレビを買って大画面でもう一度見てみたい、と切実に思った。映画「ベイマックス」の背景以上に美しいかもしれない。

男の子が転校して東京に来るのが小3。女の子が転校してくるのが小4。現在9歳、今年10歳になる子にとって、このアニメは本当にストライクど真ん中だったのだ。二人して受験して同じ中学に行く予定が、女の子の転校で頓挫する。文通で交流が再開して、男の子が女の子に会いに行くのがわずか13歳のときだ。どちらも家の人にも内緒で電車に乗り、駅に向かう。

13歳。子にとってもわずか3年後である。

場面変わって今度はついこの間まで親子して熱狂して見た「下町ロケット」に関係するようなロケット発射の場面。「下町ロケット」に出てきた若いやり手の弁護士さんが子のお気に入りで、あのドラマを見て以来、「将来は弁護士になる!」などと言い出したくらい、入れ込んでいる。

主人公の男の子もロケットを見ている。

隣に、自分に夢中の可愛い女の子がいつもぴったりと一緒にいるのに。

大学で再度上京。普通に生活して普通に女の子たちともお付き合いして、普通に就職。

SEだ。いくら仕事で消耗したからといっても、やっぱり女の子の方をしっかりと見ていない男の子。退職して独立して、やっと何かがすっきりとしたところで、おわり。

27歳か28歳ごろなのだろうか。自分の力で何かがどうにかなるかもしれない、と気がついて私もそれまでの与えられた環境から逃れて、自分の行きたい方角に大移動をした歳だ。私だけではなかった。この年齢の頃に仕事を辞めた、という人たちが周囲にはうようよいた。20歳で一応成人したとみなされるのだが、精神的な本当の独立は27歳ごろなのではないか?と当時も思ったし、今でも思う。

時間感覚が芽生えて、自分や自分の家族以外の世の中があることに気がつくのが小3か小4の頃。そこから、本当の大人の安定したスッキリとした頭になる27歳ごろまでを、恐いくらいに的確にとらえた映画だったのだ。


私個人的には、男の子の感覚がとてもよくわかった。私も転勤族の子なのだ。しかも新しいところでもすぐになじみ、すぐに友達もできる。でも、いつまでたっても自分の居場所はない、という痛烈な気持ちにドライブされ続ける。男の子は「力が欲しい」と思う。私も思った。そしてこの度こんな風な作品にされて、そんな男の子の周囲にまといつく女の子たちの様子を客観的に見ていて気がついたのだ。私の中にも空洞があり、落としどころを探し続けていて、そのことが人生の最大の目的になっていた時期がある。その頃の私に正面からしっかりと関わろうとしてくれた友達の数々の少し淋しそうな表情に。

時々、そのたくさんの友達一人一人に「ありがとう」と言って回りたい気持ちになることがある。なぜだろうと思っていた。その答えの一端を見たような気もした。

引っ越しを繰り返した人が必ず同じような心理状態になるとは思わない。引っ越しをしなくても、青春時代の不安定さは同じだ。人間が大人になるまでに、人によっては20年近くの、こんなにも不安定で心もとない時期を一人で耐えていないといけないなんて、けっこう酷だと思わなくもない。

あの頃に戻りたいか?と言われたら NO である。

子はこれから、そんな世界に頭から突っ込んでいくのだな。



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下記にリンクした「映画「秒速5センチメートル」に釘付けになった ネタバレ感想」では、小説版を合わせて読むと腑に落ちる、と書いてあった。新海誠監督みずからの小説化。なるほどなぁ。読んでみようかな。


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映画「秒速5センチメートル」に釘付けになった ネタバレ感想 → http://mori-room.com/?p=7066







         
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