2015年06月08日

2回目の全国統一小学生テスト/家庭学習方針の見直し

子、小3、春の全国統一小学生テストが昨日あった。子ども会の行事を中抜けした。保護者は参加していたから目立たなかったけれど、あとで考えると最初から来ていないお子さんが多かった。

終わったころに迎えに行ったら、一番に出てきた。ルンルンと、久しぶりに母の手を握ってスキップし始めた。嬉しそうだ。出来が良かったから嬉しそうだったのではなく、テストから解放されたから嬉しかったらしいm(__)m。

前回(小2、秋)は算数も国語も全く時間が足りず。評価もそのままの状態が円形のグラフの形に表れていた。

今回は、国語は全部目を通すことが出来た。そういえば、3年の新しい担任が国語の先生っぽいのだ。関係あるのかもしれない。

算数の残りを家でやるように促した。塾でテストに向かうときほど集中できない、とこぼしていた。が、どうにかやり終えた。結果は散々だったが。

前回同様、ぶっつけ本番。前回と今回の間に学校の勉強以外何もやっていない状態でのトライアルだ。テストそのものは親にとっても苦痛だが、結果は楽しみである。


今回のトピックス(汗)
日時を間違えて、前日の土曜日に行ってしまったのだ。当然会場は空いていなかった。が、間違えたのがうちだけではなかったので、びっくりした(笑)。

今回生じた懸案事項
今のところ塾を考えていないこともあって深く考えたことがなかったのだが、通塾と周囲との兼ね合いって、もう少し神経質に考えたほうがよいのだろうか?とふと思った。中受をするかどうかは、子の勉強熱によるところが大きいとうちでは思っている。そのためもあって考えたこともなかったのだ。のんきすぎるのだろうか?

塾のこと再考
基本は学校の授業である。学校の宿題が自力で追いつかなくなったり、学校のテストでミスが目立つようになったら有無を言わせず塾通いを始めることを子に宣言している。それと並行して塾での勉強の楽しさについても話を時々している。国語に関しては学校もしっかりしているという印象がある。なので、とくに算数と理科社会。塾で学ぶそれらの教科は奥が深い。それらを理解して、学校での授業を聞き、教科書を読むと、何らかの1本の線が見えてくる。

そういう塾に入れれば、という話ではあるが、どこぞのようにテストの成績順に机が並ぶ、というのを低学年のころからやるのはどんなものだろう、という懸念はある。競争はよい。特に男の子には競争は必要だ。が、このやり方にはなじめない。一番の理由は、普段のテストの成績が合否に完全に比例するわけではないということ。それが一番大きい。塾に関してはもう一つ。どうしても利潤追求にならざるを得ない点である。塾はそういう意味で信頼するべき場所ではない。まぁ、それを言ったら学校もそうであるが。

塾をどうするかに一定の基準はない。子を毎日眺めているのが一番かもしれない。学校の授業についていけているか、逆に退屈に思っていないか。ついていけていなさそうだったら、子の性格に応じて母が教えるか、個人塾に行くか。

逆に退屈していそうだったら、大枚投じて例の「学校勝ちぬき戦 実験対決」シリーズを揃えたり、社会科版の学研から出ている「チャビの世界大冒険」シリーズを買うか。通信教育(コラショとか)を始めるか、あるいは、授業型の塾に行くことにするか。

そろばんをはじいてみよう。コストパフォーマンスを考えるのだ。子には塾行き宣言をしているが、
ついていけていないなら、まずは、宿題を題材に母が教える。
退屈しているのならば、学習漫画を揃える。

あと考えているのは書道だ。学校でも始まったが、書道に興味のない子が授業だけで何かを取得するはずがない、と踏んでいる。硬筆も合わせれば書字もきれいになる。漢字をたくさん覚えるほど書くかどうか疑問だが、止め跳ねなどに気を付けるようになることは確かだろう、と踏んでいる。なによりも、日本の大切な伝統芸術の一つである。




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タグ:テスト
posted by kaho at 13:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中受、塾〜小4(2016-17) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする