2020年03月20日

シドニアの騎士/アニメにハマって大人買い・親子で読了、壮大な世界観に圧倒されて、多様な価値観に感動


シドニアの騎士、ちょっとこれは(!)すごいのではないでしょうか。

あらすじは単純なのだ。終わりよければすべてよしで片づけてもよいかもしれない。が、恐ろしく入り組んだ複雑な内容である。

Wikipediaによるとマンガ連載が2009年から2015年。アニメのシーズン1が2014年4月でこのブログを立ち上げる半年前だ。つまりいずれにしても座る暇もなく目が回る暇もないくらい忙しい頃だった。洗濯を風アイロンで乾燥まで全自動、掃除もルンバで毎日タイマーで全自動にしてもまだ、テレビを付ける時間もなかったので全く知らなかった。

その後ゆとりができて2016年にアニマックスを契約していた関係で目に留まり、録画しておいたのだ。当時小3だった子が主題歌を気に入り、何度も何度も見ては覚えて口ずさんでいた。内容は小3には難しかったらしい。訊いてみても「よくわからない」と言うのだ。そのわりには熱心に何度も見ていた。昨年(2019)BS4Kリマスター版でのあまりにも美しい映像が話題になっているらしいよ、と子に話したのを機に、もう一度一緒に見ようよ、という流れになった。

長々と経緯を書いたがそういうわけで、コロナ騒ぎで外出制限のかかった長期休みが手に入った(?)ので、チャンスとばかり見ることになったのだ。ところが真剣に見ると今度はシーズン2(第九惑星戦役)の終わりかたが不自然でやや消化不良。子も不満を口にしていたのだが単行本を買うことには「そこまでじゃない」と、消極的だった。積極的だったのは私で、どかんと大人買いしてしまった。

手塚治虫の「火の鳥」や竹宮恵子の「地球(テラ)へ」、アニメ「銀河鉄道999」にどっぷりと頭のてっぺんまで漬かり、「宇宙戦艦ヤマト」のような船に乗船公募があれば絶対に応募するんだけどなぁと思っていた私はしっかりとハマった。子も、あんなに消極的だったのに先にさっさと読んでしまい、どっぷりと漬かってしまった。

15巻の単行本のうちの最初の6巻くらいまでがアニメのシーズン1なんだろうけれど、なんだかとても読みにくかった。アニメを見ているからどうにかわかるんであって、単行本から先に読んだらさっぱりわからなかったんじゃないか、と子も言っていた。が、7巻からは絵がらもすっきりとしてきて美しさに磨きがかかってウットリ眺めて時間が過ぎることはあっても、読み解きにくいということはなくなった。

その後はもう、寝食忘れて読了である。

物語自体はロボットSFものの常で単純明快なのだけれど、内容が入り組んでいて深くて何度読んでも飽きない。読めば読むほど新しい発見があって飽きるどころか深みにはまっていく一方である。

ネタバレします。




子が圧倒的に「長道+小林」の味方らしいので、訊いてみた。科学者「落合」の発想は極めて斬新で人間という生物が酸素(地球)から自由になるための理想的な進化の方向性ではないか?と。すると子は迷うことなく言った。「落合はシドニアを救わなかった。」自分だけが人間を代表しているだなんてあまりにも自分勝手なありようはとうてい許容されるものではない、と言いたいらしい。

他にもいろんな性のありようや生き方の選択など、スピンオフを読みたいなぁと思う場面がたくさんある。

深く解説しているホームページを見つけては読んで、2度3度楽しんでいる。


まずは大作のこちら↓
「個人的な感想です。〜マンガ・アニメの感想を書いていきます。『進撃の巨人』『ぼくらのへんたい』『ランドリオール』など。」の「Category [シドニアの騎士と弐瓶勉作品 ] 」 → こちら
↑ 2014年4月に始まったアニメシーズン1の第一話を機に単行本を読み始め、12巻59話で連載中の月刊アフタヌーン5月号の60話に追いつく。そこからは連載とアニメと単行本などの解説と感想を並行してアップ。あらすじや布石、ヒントなど満載。読み応えがあります。

そして、
「薔薇色のつぶやき」から 「2014年05月02日 シドニアの騎士&ピンポン 4話ざっくり感想 他いろいろ今季アニメ雑談」 → こちら、カテゴリー「ヨルムンガンド・シドニアの騎士」 → こちら
 こちらもアニメを見て単行本一気読み。するどい感想にワクワクしました。

哲学的に考察すると、
「Business Experience〜ビジネスの現場体験を通じて社会を考える」から
「星白閑の存在〜「いや、俺も地下で生活してたから、昔の記憶とつむぎの今の状況が重なっちゃって」 → こちら
「シドニアの夜〜「ガウナが人間の形だけじゃなく人格や記憶も完全に再現したとしたら、そのエナと元の人間の違いはなんですか」 → こちら、ほかにも「非武装主義者たち」 → こちら、「機密と陰謀論」 → こちら
↑ 題名も刺激的だけれど内容も深い。確かに、とうなづいてしまう。

この作品を一言で言うなら、
「ぎゃふん工房の作品レビュー」「『シドニアの騎士』の〈シドニア〉で暮らす人たちから学べること」 → こち
↑ アニメを見ての解説。短いけれど鋭い。

アニヲタWiki(仮)「谷風長道(シドニアの騎士)」 → こちら、「シドニアの騎士」 → こちら
↑ 全巻読了後に読むと、ものすごく面白い。「アホ毛」という言葉(「魔入りました!入間くん」のアンテナのような髪の毛もこれでしょう)を初めて知った。「長道ハーレム」なども爆笑。

電子書籍のレンタルサイトRenta!「シドニアの騎士1巻」 → こちら
↑ 無料サンプル、見れます。とてもきれい。紙ベースよりも絵がきれいに見えるかも。迫力満点。

そして圧巻がこちら ↓
ストーリー解析ブロマガ〜【ストーリー解析】シドニアの騎士 第1話「初陣」 → こちら
↑ なるほどこういう構造で物語は進むんだなぁと感動した。そして、シドニアの騎士に感動する理由も。


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2020年03月18日

わたしの「ひとり暮らし」ルール/電子図書5冊目、理解はしていたけれど本当に書籍やTVがなかったりする写真に見入る


素敵な写真の多いノウハウ本だ。持ち物はおよそワンシーズン分の衣類くらいしかなさそうで、狭い1Kくらいのアパートにシングルベッド、ちゃぶ台(かっこいいものだけれど)、ソファ(長椅子)があるくらい。キッチンも一坪くらい。こんなに狭かったら昔なら息が詰まるような生活だっただろうと思われるのだが、TV、固定電話、ラジカセ、パソコンなどの電気機器の全てを手のひらサイズのスマホだけで賄える今日この頃は事情が全く違うのが、大量のステキな写真からこれでもかと言わんばかりに伺うことができる。

「ミニマリスト」はきっとベッドやテーブル、ソファもなくて布団だけだったりもするんだろうな。

狭い一人暮らしのステキなお部屋の写真を大量に眺めていると、我が家の荷物の多い生活はどんなものなんだろうか、と思わなくもない。が、そう思うのならばすべての本を電子書籍に転換して、衣類も今年買った物だけのこしてあとは捨て、思い出の品々をすべて処分し、植木鉢を手離せば「ミニマリスト」の出来上がりであることは間違いない。けど、そんな生活を私は求めているのだろうか?

独り暮らしの「ミニマリスト」生活は、田舎に広い実家があることが大前提なのかもなぁ。そこに思い出の品々がたっぷりと置いてあるのだろうな。

というか、もしも私だったら思い出品を置いておける実家のないミニマリスト生活には耐えられそうにない。現に、今の生活がそれを如実に表現している。どんなに引っ越しを重ねようとも思い出の品を毎度丁寧に梱包して持ち歩く。そして引っ越した先では日常品の次にそそくさと取り出して、相応の場所に収納しないと落ち着かない。といっても、思い出の品は日常生活には必要ないので、何かのアクシデントで失ったとしてもとりたてて不自由もないのだが。

必要がないからと処分した思い出の品々で、手放さなければよかったと後悔する品はたくさんある。その中の1点は友人にもらったハードカバーのマンガ本で、メルカリで同じものを見つけたのでそそくさと買った。そのほか大量に持っていたマンガの単行本や書籍など、今までに合計4回ほど大量処分をしているのだが、ことマンガの単行本は激しく後悔している。衣服なども記念のものや例えば亡くなった祖母に選んでもらった一張羅など、持っていたとしてももう着ることもできないのに触ってみたくなることがある。記念の衣類や美しい外国の書籍など、私にくれた人たちはもう鬼籍に入っている人たちがほとんどで、そういう人たちとの思い出は思い出して懐かしむというよりも、私の心をしっかりと守ってくれている象徴なのかもしれない。

かといってやっぱり、なければないでまったく不自由はない。

これからは増やすならばデジタルデーターだけだねぇ。けど、デジタルデーターも折に触れて消すものは消しておかないとね。

いちばんどうしようかと思うのは外付け大容量HDDに入れたままにしている子の写真なのだけれど、皆さん、どのようにしておられるのだろうか。それこそ、大量過ぎて二度とみないような気もするのだが。

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タグ:電子図書
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2020年03月17日

マンガでわかる介護職のためのアンガーマネジメント/無駄がなく実用的で端から端まで素晴らしい1冊だった


介護はまだしていないのだが、子の学校で「アンガーマネージメント」の講習があり興味深かったので借りてみた。電子図書4冊目だ。アマゾンのレビューも評価がとても高い。

内容は「頻繁なコールにイライラ、認知症利用者からのセクハラ、危機感がない同僚に怒り爆発…。介護現場でよくある怒りの事例をマンガにし、解決策をアンガーマネジメントの理論に基づいてやさしく解説する。介護職員の体験談も収録。」

著者は「一般社団法人日本アンガーマネジメント協会代表理事。アンガーマネジメントコンサルタント。著書に「怒りに負ける人怒りを生かす人」「はじめての「アンガーマネジメント」実践ブック」など。」とのこと。

本の冒頭に、定義がわかりやすく書かれている。
アンガーマネージメントは1970年代にアメリカで生まれた怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニング。怒らなくなることが目的ではなく、怒る必要のあることは上手に怒り、怒る必要がないことは怒らなくて済むようになる、その線引きができるようになることを目指す。
シンプル、そして実に実用的。

学校で聴いた講習でも、以下のような説明を受けた。

感情は物事(出来事)への意味付け(解釈)によって発生する意味付けは人それぞれの捉え方や考え方によって(けっこうまるでびっくりするくらい)違う。そして人それぞれの意味付け(捉え方や考え方)に振り回される必要はない。つまり他人の評価は気にしてはいけない。他人の評価に振り回されてはいけない。自分の価値観を明確にすること。

怒りも同様である。千差万別なのだということを実感する必要がある。そのために講習ではゲームにしてあった。日ごろ一緒に机を並べているクラスメートと自分の感じ方の差を目の当たりにして実感するのが「アンガーマネージメント」の講義だった。

ゲームを傍で見ていてもびっくりするくらい、同じ出来事が起きても一人一人の捉え方は全く違っていた。同い年の当人同士ではぎょっとするくらい想像以上、想定外の出来事だったろう。


この本に書かれているノウハウで一番目は、イライラしたおおもとの「一次感情」に注目することだ。いらいらした原因感情を探ることなんですって。そうしたら、イライラの具体的原因が見えてくる。解決策も浮かび上がる可能性がある、という理屈だ。

一番イライラが起きやすいのが「期待外れ」だ。自分と同じ価値観を相手に期待するから期待外れは起きる。読売大手小町を読んでいると人間関係のかなりのトラブルが「期待外れ」に起因しているのがわかる。簡単にいえば「頼まれごとを引き受けたのにお礼がない」などである。もやもやが残るのだ。これに対する解決策はこの本によると「人間関係に見返りを求めない」なんだそうだ。他人への期待値を少し下げることによって防げるトラブルは多いということなんだろう。

人からの依頼を引き受けるとき、自分がそれを引き受けるための「動機」を考えることが必要なんだという。本当だ。ヒョウタンから駒のような話だ。

この本に「怒りのタイプ別診断」というのがあった。やってみた。当てはまったタイプを読んだだけだとあまりピンと来なかった。が、当てはまっていないタイプの解説を読むと本当にまったく当てはまらないので、この診断、正しいんだなぁと妙に納得した。とともに、まったく当てはまらないタイプの解説を読むと、自分とはまったくタイプの違う人の怒りのポイントが見えてきた。いままで理解できなかった人たちのことがすこしだけわかったような気がして嬉しくなった。

話がやや横にそれるのだが、いま再放送をしている「おしん」。なんでもかんでも仁に反対する「おしん」のありように開いた口がふさがらない今日この頃。昔からソリの合わない仁だけでなく偵に対しても同じなので、要するに実の子に対する押しつけが半端ないのが「おしん」なんだろう。けれど考えてみれば夫である竜三に対しても同じだった。竜三については押し切られて最後は「しかたなく我慢する」という方法でやり過ごしていただけだ。竜三に似ている仁に対してとりわけ当たりがきついのを見ていると、竜三に我慢した分を仁にやり返しているんじゃないかと思えてしまうほどひどい。そしてそれってあながち的外れな見方ではないかもしれないと、この本を読んで思った。「おしん」はプライドの高い「他人が自分の思い通りに動いてくれないとイライラする」タイプとして設定されているのではないかしらん。「おしん」は「逃げる」タイプとして認識されてるけれど、プライドの高さと「逃げ」はセットだ。「おしん」は家族の暖かさと縁が遠いと認識されているけれど、たしかにこのタイプが家族に恵まれているのを見たことがない。「おしん」はとてもよくできた物語なんだなぁと、この本を読んでものすごく納得した。

↑「おしん」の物語でもこう思ったけれど、診断のそれぞれのタイプの解説を読んでいると、今まで読んだことのある小説の主人公や準主人公たちの理解できなかった性質について腑に落ちてきた。この「タイプ診断」すごいわぁ。

怒りに関する「自動思考」などの知識編や、解決策の一つとしての「1日穏やかにふるまう『24時間アクトカーム』」、「とにかくなにがなんでも『事実』だけをみるのがコツ」など、実践編も充実している。

介護の現場は知らないのだけれどアマゾンのレビューなどを見るとマンガにしてある事例などは実にリアルであるあるなんだそうだ。とても役に立つのだそうだ。

著者による別の本に「マンガでわかる怒らない子育て ( 2018/2/15)」というのがあるらしい。。子育て中だったら飛びついただろうな。電子図書館で見かけたら読んでみよう。いまの私だったらどんな場面の切り口のものが良いのだろうか。ぴったりのものがあったら是非手元に置いて、毎日のように眺めてよりよい人生を送れるように精進するためのよりどころにしたいと切に思った。

良書である。



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以下はアマゾンでダントツの評価を受けていた著者の本2冊。紙ベースと電子書籍と。自分用の備忘録として。

↓ ダントツ評価1位

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2020年03月15日

大人になる前に身につけてほしいこと(心の友だち)坂東眞理子/内容の3分の2くらいは賛同できるかな。残り3分の1がちょっと致命的と思った


我が家ではこのままでは子に推薦することは難しい。一緒に読みながら親が解説をしたり、きれいごとだけの部分を指摘したりしながら読むのであればよいのだけれど。

内容的には、心構えとしては良いかも。人間としての美しい所作と教養について余すことなく書かれている。が、世の中を「性善説」としてしか見ていないのではないか?と思うほど人の好い人間が出来上がる危険を感じた。でも、自分を防衛することも大切だと付け足すように書かれていたので、まあ大丈夫なのかもしれない。

一方で、やや儒教的すぎるんじゃないかなと危険を感じた。「先祖は必ず子孫の幸せを願っています」という文章があり、ひっかかった。「親戚付き合い」についても肯定的に書かれている。が、これでは追い詰められて人生に失望する人が出てくるのではないだろうか。

この本には学校の先生への心構えなどは書かれていないので関係ないが、学校の先生に関しても同様だ。子が中学生になるまで育ててみての実感だが、先生を絶対視するような世界観を子どもに植え付けてしまうと、子の逃げ場がなくなって失望させてしまう可能性がある。そんなことをいう親にももちろん何も話すことができなくて、そのまま自殺への一本道にもなりかねない。

こういう危険性をなぜ大人はわからないんだろうか?

良いことばかり美しく描いているノウハウ本を読むと、そんなことをよく思うのだ。アマゾンのレビューを読むと背景が少しわかってくるのだけれど、ものすごく社会的地位の高い人などは見識高く頼りがいもあるけれど、現場の本当の姿からは目くらましを食らっている可能性が多分にある。また、外聞の良いことばかりで自分を覆ってしまうと、身近な人からは煙たがられることがある。生きていれば汚れ仕事もたくさんある。それらについては身近な人たちに丸投げになる可能性もあるからだ。良いとこどりの人生を歩んで涼しい顔をして良いことばかり言っているいる可能性もある。あくまでも想像だけれど。

小さな子供にとって親、親戚、学校の先生などは絶対的な存在である。だからこそ、その人たちは「絶対的ではないのだ」というメッセージも上手に伝えてくれるこの手の本が現れないものかと思いながら、この手の本を見かけたら読んでいる、という状況です。

また、アマゾンのレビューにもあったけれど「新聞を信頼してネットは警戒心を持って」と書いてあるのが気になった。これは見逃せない矛盾である。一見もっともらしくさらりと新聞をと書いてあるのが恐ろしくよろしくない。この本を全体的に警戒してしまう遠因となった。

電子図書で読んだ3冊目の本。もしかしたら紙ベースの書籍よりもさっさと読めるかも。ものすごいスピードで読めてしまった。ネット(というのか)パソコンやiPhone、タブレットでみる活字は飛ばし読みするのに目が慣れているのかな。 パソコン(WIN)では電子図書はなんとなく読みにくくてiPhoneのサファリで読んでいるので画面は小さいのにサクサクと進むのだ。

大人になる前に身につけてほしいこと(心の友達)
坂東眞理子
2008/6/26
PHP研究所


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感想(10件)





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タグ:電子図書
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2020年03月12日

子育ては、なんとかなる!(momo book)/電子図書はもう予約でいっぱい。そんな中で読んでみた久々の育児書というか日記

スカスカだった電子図書館もコロナ休校要請から数日もすると予約でいっぱいになっていた。そんな中でまだすぐに借りられる面白そうな本を見つけては借りて読んでみているのだが、そんななかで目に留まった1冊。

電子図書の読み心地の話からするのだけれど、今現在の私にとってパソコンで縦書き文字を読むのは疲れる。つぎにこの本はレイアウトが固定していてしっかりしているためなのかパソコンで文字を読むのはきつかった。判別がつきにくくて目に負荷がかかるのだ。ためしにiPhoneのサファリで表示させてみたところ、さくさくとノンストレスで読めた。ページめくりも快適ですばらしかった。

iPhoneを手に抱えるように持って食い入るように読んでいたら子に「そんなにスマホばかり見て!」と叱られた。どんなにiPhoneを使っていても何も言われたことがなかったのでびっくりした。図書館からの本を読んでいるんだよ、と説明したら目を丸くして驚いていた。そうか、本を読んでいるのか!と思ったようだが、その感想のどこに目を丸くする要素があるんだろう?iPhoneではなくて本を読んでいるのだと理解すれば私の食い入るようにiPhone画面を見る様子も納得がいったんだろうか?いずれにしても、何らかの新鮮な?驚きがあったらしいことは確かだった。

一通り読み終えると著者がどんな人なんだろう?と思った。が、情報がない。本の紹介文に「この本は、老舗おもちゃ店「百町森」の会報誌で10年続いた人気の子育て連載を1冊にまとめたものです。」とあるだけ。アマゾンを見ても出版社のHPを見ても何も書いてない。

内容も我が家の子育てとはほぼ何もオーバーラップしない。さらには我が家の子育ては一通り終わっていることもあって読み飛ばしながらの読了だった。がそれでも、共鳴するような共通した認識を著者に感じたのだ。

育児とは180度趣の異なる本だが、以前ちょっと記事にしたことのある「めだか館」という本を思い出した。グッピーの第一人者だった和泉克雄氏の自伝的(日記的?)著作だ。私がこの本に出会ったのは改良園という種苗の通信販売の会員になったときだ。会報誌に連載されていたのだ。以前の著書を著者の校正許可を得て掲載しているというようなことが書かれていた記憶がある。そんな事情もあってか著者の逝去と同時に連載が中断した。

中断したので続きが気になる。時世はちょうど通信販売などが充実してきた頃だった。とても使いやすくなっていた。アマゾンの販売書籍も充実してきていた。「めだか館」もページが登場した。が、5000円する。育児にお金のかかっていたあの頃、本に5000円は高かった。そういえばあのころ、図書館の検索機能なども充実してきた。ネット上でいろんな図書館で検索をかけて調べて取り寄せてもらって借りて読めた。(今見るとアマゾンからも姿を消している。メルカリを検索しても出てこない。5000円で手に入れておけばよかったかもm(__)m。)

「めだか館」はとても力のある本だった。そして「子育ては、なんとかなる!」とはテーマも雰囲気も全く異なるのだけれど、なんだか似たような一本の線を感じたのだった。

連載だったというだけあって、すぐにでも実践できる具体的なやり方や作りもの、遊び方などがイラスト入りでわかりやすく載っている。私が子育て中だったらすぐにでも試してみただろうなぁ。一通り試してみて我が家ではどうだろうと検証して取り入れたり自然消滅したりと楽しめただろうな。

アマゾンで「子育ては」という文字で本の検索をかけたところ、大量の本が出てきた。うちはもう終わったといってもまだたったの10年弱まえのことだ。なのに、こんなにも大量の本が出ているのかと驚いた。あのころも子育て本はたくさんあった。あったけれど、今ほどじゃなかったよ。

ひとついえるのは、「子育て」もノウハウだ。そして「子育て」ほど千差万別なものもはない。一人ひとりオンデマンドだ。母親が違えば違うやり方があり、子が違えば母が同じでも違うやり方がある。

そして、進化する。一律に行う大量生産型も進化しているだろうけれど、個別型の進化も半端ない。

昔の経験は役には立つ。がそれはいろんな意味で「慣れ」という分野でのみであることを、自戒を込めて頭に叩き込んだのであった。


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「めだか館」過去記事 → こちら



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2020年03月04日

「いい人」でも人生に失敗しない方法(和田秀樹)/初めての電子図書。親の私からお先に体験!

電子図書というものを生まれて初めて読んだ。コロナ騒ぎで図書館が閉館してしまったので、電子図書館を利用したためだ。世の中は電子化が進んでいるので気になっていたし、紙ベースから移行できれば本棚不足問題も一気に解消する。良いことだらけだのはずだと思いながら読んだ。

で、電子図書の物足りない点

1、どのくらいの厚さの本をどのくらい読んだのか、実感がしにくい。
2、装丁などから得られる情報がない。
3、読み終えても読了した!という感覚が薄い。

このくらいかな。

慣れてしまうと解消してしまうかもしれないので、書き記しておこうと思った。

1と3は想像通りだった。予想外に大きかったのは2だ。本そのものの装いから得られる情報がこんなに大きなものだったとはちょっと意外なくらいだった。が、冷静に考えてみると当たり前かもしれない。本を手にしただけで得られる情報は大きいのだ。本の大きさ、使っている紙の性質、装丁、表紙のデッサンなど、文字を読まなくても文学作品なのかノウハウものなのか、和書なのか洋書なのかさえ、内容を知らなくても本を手に取った時にわかるようにできている。

それらの一切の情報が電子図書にはない。本の写真が付属しているので、それを眺めて想像するのが関の山だ。

で、気がついた。書籍というものを知らずに最初から電子図書を使う世代がいたとしたら?その人たちは「本」というものをどのように感知するんだろうか?

想像しようとしていて気がついた。音楽媒体がLPやテープ(アナログ)からCD(デジタル)に転換した際に人々が議論していたことがまさにこれだった。写真もそうだ。銀塩からデジタルへの移行時も相当抵抗する人たちがいたような気がする。

私自身は音楽も写真もデジタルから入った派なので、アナログへのこだわり議論はめんどいと思ってしまう。

そんな私なのに、書籍だけは紙ベースをどうしても捨てきれない。電子図書を読むと、本にする前のワープロ原稿を読んでいるような気分になるのだ。内容はしっかりと校正してあるのでもちろん1冊本を読んだ時と同じだけの情報量だし読了感もそれなりにはあるのだが。

が、1つだけやっぱり「いいなぁ」と思うことが読了後にあった。本をどこに置くか、どこにしまうか、図書館の本の場合はいつ返しに行こうかなどの雑事を一切考えなくてよいことだった。

これも音楽などの場合は私は最初から何も気にしていなかった。LPがCDになると「便利だ」と思っただけだったし、ダウンロード形式になった時にはもう興味もなくて買いもしなかった。そしていまやダウンロードもしないストリーミング形式だ。

映画などの動画映像も同様である。音楽も映像もワールドを構築したいときにはダウンロードするのが良いとは思うのだが、その際にもストリーミング形式であれば気軽にスキャンできるというものだ。便利になったなぁとしか思わない。

紙ベースの書籍という形から自由になった「本」という形態が発達していけば良いのかもしれない。



******************
さて、記念すべき初の電子図書だが、割とあっという間に読めてしまった。内容もシンプルだった。

「いい人」でも人生に失敗しない方法
和田秀樹
PHP研究所 (2007/4/30)
推定ページ数: 190 ページ

PHP研究所の公式ホームページによると「判型」は「四六判並製」なのだそうだ。全然詳しくないので調べてみると「単行本」とのこと。なるほどなぁ。やっと書籍としてのイメージがわいてきた。軽い紙の新書のような感じかな?と想像してみたらなるほど、内容もそんな感じだったなぁと気がついた。

多作の著者氏なので内容はどの本もそんなに変わらないのだろうから、切り口がいろいろなのだろう。「いい人」はほかの人も自分と同じように考えると思っている。なので、世の中には「悪い人」もたくさんいるのだということを学び対処することを覚える必要がある。そのようにして自分を守りながら「いい人」のまま生きるのが一番だ、というお話だ。

そういわれてみるとなるほどそうだなぁと思う。

子が小学生の頃、なにかあるたびにこの本と同じようなことを子に言い聞かせていたような気がするのだ。

「いい人」だからとかそうでない人だからというのではなくて、人は一人ひとり違う。最近流行の「アンガーマネージメント」が良い例だ。怒りの地雷も違えば質、量、頻度も人それぞれだ。

親子の間でもそうだ。

そんなことを考えながらしみじみと読んだ。

「いい人」でも人生に失敗しない方法  Kindle版 (電子書籍) ¥1,200





PHP公式ホームページ 「いい人」でも人生に失敗しない方法、書籍版の情報 → こちら
読書メーター 「いい人」でも人生に失敗しない方法 → こちら
   ↑皆さんの感想がとても読み応えがあります。


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2020年02月04日

1年前の懐かしい中受の思い出、受験が終わったら親の手元からすり抜けるように自分の世界に戻っていくんだと我に返った朝

子が手を離れたと思った瞬間は何度か覚えている。子が私の手を振り切って一人で公道を歩いた日とか。一人で電車に乗った日とか。中受の親子密着は極めて人工的だけれど。中受が終わって中1を過ごしてみると、忙しい時には相変わらず小さいころと変わらないくらい手がかかることを実感する。なのでいちいちこんなふうに感傷的になることもないのだけれど(笑)(笑)(笑)。


******1年前の下書きここから******

あと数日で本番という日になって、朝早く飛び起きた。「朝、あまりにもバタバタするのが嫌になった。」という。もう何カ月も寝不足のまま朝を迎え、ぎりぎりまで眠って、まだ半分しか目が開いていない状態で学校に行っていたのだ。そして、ゆっくりと自分で支度をする子の横で私は急に手持無沙汰になった。

受験が終わったら子は学校と友達の世界に戻っていくことはわかっていることだし、私としても甘やかしたいわけではなかった。なので必要最低限しか手伝ってはいなかった。それでも受験でぎりぎりの生活をしていると、親子の距離がこんなにも密着していたんだなぁ。

もうすぐ受験が終わるね。

******1年前の下書きここまで******

子が手を離れる瞬間は急に来る。そしていきなり手持無沙汰になる。けれどね、時間ができたらそれはそれで嬉しいもの。といっても子育て大好きなので、子育てに没頭できる幸せは究極なものだと思っているのも確か。どっちよ?と自分でも自分に問いたくなるんだけれど。



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2020年02月03日

1年前の懐かしい中受、鉛筆の持ち方に関する記事をたくさん見て思い出した小5までの悪夢、小6での転機

中受に関する下書き記事を1周年を記念して出し切ってしまうことにした。といってももう大してないのだが。鉛筆の持ち方に関しては書道を教えている知人に話してみたことがあるのだが、話題が「鉛筆の持ち方」であることがわかった瞬間に「そんなことは親の責任よ!」と一喝されておしまいだった。書道の先生方は皆が皆同じご意見なのかしら?


******1年前の下書きここから******

受験情報を探して検索をしていた。そしたら、全然別件が目に入り、しばし感慨にふけることになった。それが「鉛筆の持ち方」である。

小5の新小6だから、2月に入ってのことがだ、とにかく鉛筆の持ち方が気になって勉強どころではなかったのだ。鉛筆の持ち方が気になるということは、文字の形も気になる。

子の場合は漢字はそこそこきれいなのに仮名文字と数字、アルファベットが悪筆だった。そのうえ句読点を打たない、濁音の点々を打たない。文章の始まりを一文字空けない。つまり、ルールを全く守っていないのだ。キンダーガーテンのころに英語を書いていたころからまったく変わらない癖を小6まで引きずったのだ。

小6の前半の半年はおおげさでなく、文字との戦いだった。次に、ノートに書くべき数式と、筆算や見直しの際の計算などを書くべきメモ用紙との使い分けなどでも文字が気になる。何度言っても、練習しても、全然直らない。

これは、本人が直す必要性を痛感していないからである。つまり、この手のルールを軽視しているのだ。

転機は外からやってきた。いままで散々見逃されてきた学校の先生に提出する小日記の誤字を、初めて先生が訂正したのだ。

実を言うと小5までも担任の先生たちは頑張って訂正してくれていたのだが子の目にはまったく入っていなかった。そしてとうとう、小6の先生はまったく訂正もしなくなったのだ。それまでも目に入れていなかった子は、小6になっての変化にも気が付いていなかった。朱赤の訂正がまったくなくなって半年たったころ、初めて朱が入った。親である私はこの機を見逃してたまるかと、食らいついた。先生への連絡を書く小さなスペースに、切々とこれまでの苦労を訴えたのだ。

先生は即答なさった。「これからは積極的に朱を入れていくことにします。

先生のこの一言が、子の態度を変えたのだった。子にとって学校の担任の評価は大きかった。鶴の一声だった。

先生、ありがとうございます。と、学校に向かって手を合わせて感謝しました。


******1年前の下書きここまで******


鉛筆の持ち方や箸の持ち方は、ひそかに大問題ですよね。どうにもならないとき、いろんな人の手記(記事)からも思うに、有効なのは「外圧」です。外圧しか有効でない、というところに親は大いなる無力感を覚えるのですが(笑)(笑)(笑)(泣)(泣)(泣)m(__)m。






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2020年02月01日

懐かしい1年前の中受の思い出話、半日かけて受けるすべての学校へネットで願書の提出をしたら、親の私がぶっ倒れた!

中受から1年だと思うといろんなことが懐かしくなってきた。以下、下書きに書いておいた覚書だ。年末から年明けの出願時のお話だけれど。


******1年前の下書きここから******

ネット出願というのをやった。やってみればなんのことはない。便利だし。今までさんざんネット上でやってきた何らかの申し込みと同じだった。

想像だけれど我が家が受ける学校の数は絶対に少ない。なのに、疲れた。

午前中に全部申し込みをして、受験票の印刷をした。そして午後からPTAの仕事(!)に出掛けた。たったそれだけの1日だった。なのに、PTAから戻ってうつらうつら。夕食後もううつらうつら。子に促されてようやく眠りについたのだが。翌朝になっても、疲労がどこかに沈殿したまま。

作業自体は大したことがなかったんだけどなぁ。

子にはいつも言ってあるのだ。見守ることしかできない親はとても疲れるとか、代わったほうが楽だとか言うけれど、そんなことは絶対にない。受ける子のほうがしんどいに決まっている。

けれどサポートする側が疲れる場面もある。お金の準備、申し込み、そしてクライマックスは受験現場に連れていくことだ。その後も続く。合否を把握する。その後の動き方の日程を把握する。動くたびに時間とお金が飛んでいくのもしんどい。本番の時間は待っているだけなのだから気軽なものなんだけれど、その前後は何一つ、絶対に落とせない作業を1つ1つコツコツと順番どおりに確実にこなしていかないといけない。

けれどやっぱり、本番に向けてテンションを上げていく子にかかるストレスはそれどころではなさそうだなぁ。

******1年前の下書きここまで******


受験票を握り締めて振り返りもせずに一人で受験会場に入っていく子の後ろ姿は、一人前の一人の戦士だった。頼もしいと思った。懐かしいよね。

子は、地元の中学に進学した友人たちとの交流も大切にしてる。行きたい学校しか受けなかったわけだから、公立への進学も有効な選択肢の一つだったのだ。なので選ばなかった人生を想像してみるという視点から、公立に行った場合の生活はどんなものになっただろうかと考えるらしい。それはそれで楽しいものとして想像できるようで、そのことそのものが今の生活にも光を添えている。

一方、昨日の記事にも書いたけれど、お稽古事の先生が子の学校に関して「なんで○○学校にしなかったの?△△でもよかったんじゃないの?」などということを言い放ったわけだ。けれど、そのような考え方に頭がついて行かなくて意味を取るのに時間がかかった。

すべてなんでも、終わったらおしまい。1つのことが終わったらもうそのことはおしまい。1つ終わったらすぐに新しいことのスタートだ。次はどうする?の連続だ。




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懐かしい1年前の中受。友人や親せきからの贈り物や電話には要注意だったなぁと思い出す、1年たってもお稽古事の先生さえも、、、

2月1日といえば、受験解禁日。1年前の今頃の空気感が一気に思い出されて少々息苦しくなる。ブログの下書きを眺めていたら、そのころに書きくさした記事が1つ目に入った。あまりにも支離滅裂な文章なので、1年たった今の視点で書き直してみた。受験を取り巻く「外野」についてのお話だ。

小6の1年間、模試のあるたびに電話をくれた(私の)友人がいる。親身になってくれていてよい友人を持ったものだと思っていた。が、1、2月の佳境になると少々様相が変わってきた。機械的に情報を収集されているようなもやもやとした感覚が残るのだ。そういえば私が気にしていなかっただけで友人はことあるごとに「誰それはどうなった」などの情報を言葉の端々にくっつけていたのを思い出した。なので一応言っておいた。「いろんな人に電話して情報を集めては拡散しているんじゃないでしょうね?」。絶句していたので図星だったのかもしれない。そして半年ほど電話が来なくなった。つまり子が中1の夏休み入る頃まで連絡がなかった。なので、2月、3月の受験の結果の出揃う頃にまったく連絡はなかった。友人が我が家の受験結果を知る機会はなかった。

長年可愛がってもらった親戚たちモノを送ってきてはこちらがお礼の電話を入れるのを待ち構えていた。そのたびに「どうなっているの?」と聞いてくる。こちらも最初の頃は「気にしてくれているんだなぁ」とありがたく思っていた。が、受験が近づくにつれて様相が違ってきた。

気にしてくれているのがありがたかった。そして頭にある懸念を相談していたら親戚がいきなり切れたのだ。「具体的な名前を言いなさい!いくらの偏差値の学校を受ける気なの?!!!!」。唐突な上から目線の命令形だ。自分たちが話題にしたいためだけに聞き出したいのだ。こちらへの情などどこにもないのだと初めて気がついた。

親戚にも丁寧に返しておいた。「スパイでもしているの?そういうことは全部終わってから話題にするものよ。」すると親戚も半年ほどまったく連絡がなかった。情の通う大好きな親戚のはずだった。喜んで報告の連絡を真っ先に入れるはずの親戚だったんだよね。

友人も親戚も「しまった!」と思ったようで、どちらも相談したかのように半年ほど連絡をしてこなかったなぁ。


さて先日。つまり中受からちょうど1年が経つ中1の3学期になって、お稽古事の先生から思わぬ言葉が飛んできた。「おたくはどうして○○学校にしなかったの?△△でもよかったわよね?!」

そのように言われて気がついた。私は視野に入れていないものへの興味が一切ないことに気がついたのだった。

あとで考えると、「そういうあなたはどこのご出身ですか?」とか、「お孫さんのお話はよくなさるけれど、お子さん方はどうだったのですか?」と切り返せば有効だったのかもしれないと、ぼんやりと気がつく。が、気がつくだけましな程度で、実はそんなことは全く気になっていないし、聞きたいと思ったこともなかったのだった。

いや、もちろん人に対する興味は尽きない。人は、一人一人、通ってきた道は尊い。生き様や人生観、その人となりに触れるようなお話は大好きだ。だけれど、情報の抜き取りや収集、ラベリング(評価、差別)のための聞き出しには一切興味がないことに気がついたのだ。


が、かようなように、世間は私と一緒ではない。防衛あるのみ。

子にも警告しておいた。お稽古事の場での成績の話にはメイ一杯とぼけるように、と。











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